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朗読者:市川櫻香
2.格外の書と破格の書
秀吉の書のそういう面白さは、別の面から言えば、稚なさのもつよさである。稚ないが故にかざることを知らぬ、巧むことをせぬ。そこにおのずから、えも言われぬ、無邪気な、明るい魅力が漂うそれが秀吉の書のよさなのである。秀吉の書が「破格」と評されることがある。しかし彼には、破るべき書の「格」などもともとなかった。彼は、書においては、終始「格外」の人であり続けたのである。
楽志論
仲長統
居をして良田広宅有らしめ、山を背にして流れに臨み、溝池環匝し、竹木周布し、場〔圃前に築き、果園後に樹う、舟車は以て歩渉の難に代ふるに足り、使令は以て四体の役を息むるに足れり〕
白楽天
山青く山白く雲来去す
人楽しみ人愁ふ酒の有無
これに対して、「格」から入り、やがて格を破って独自な、しかも桃山らしい豁達な書の風を創造した代表者が三藐院近衛信尹(近衛信尹(三藐院)筆 和歌懐紙『団欒の歌』・『和歌六義屏風 右隻』・『和漢色紙帖の内』)、本阿弥光悦(重要文化財 本阿弥光悦筆 俵屋宗達下絵 『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』 部分)、松花堂昭乗(松花堂昭乗筆 楽志論書巻 巻頭・楽志論書巻 部分(白楽天))の三人であった。彼等にとっての「格」とは、流であった。この三者は何れも、青蓮院流より入りながら、やがてその旧殻を破って、それぞれに新風を樹立したのであった。世にこの三人を「寛永三筆」という。しかし、近衛信尹は寛永に入る十年も前の慶長十九年にじているので、この言い方は妥当でない。いて「三筆」というのであれば、『本朝世事談綺』の如く「京都三筆」というべきであろう。
朗読者
市川櫻香
舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。 ―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。
第1部
- 桃山の美とこころ
はしがき - はしがき
- 第一章
公家と武家 - 1.秀吉の松丸殿あて消息
- 2.格外の書と破格の書
- 3.三藐院の団欒の歌
- 4.秀吉と三藐院
- 第二章
南蛮物と和物 - 5.唐物と南蛮物
- 6.南蛮服飾
- 7.片身替詩歌文様の能装束
- 8.和物の伝統の継承発展
- 第四章
豪壮と優婉 - 12.唐獅子図屛風
- 13.唐獅子とは
- 14.花下遊楽図屛風
- 第六章
懐古と求新 - 19.異国的なるものへの憧憬
- 20.南蛮画
- 21.伊勢物語絵、源氏物語絵
- 第七章
キリシタンと禅 - 22.キリスト教と禅
- 23.キリシタン美術
- 24.禅の美術
- 第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動) - 25.天下人の能と民衆の風流踊
- 26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
- 27.沈静の美、躍動の美
- 第十一章
花紅葉と
冷え枯るる - 36.高雄観楓図と鬼桶水指
- 37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
- 38.冷え枯るる風体
- 第十二章
遠心と求心 - 39.桃山時代の遠心と求心
- 40.妙喜庵 待庵
- 41.東山大仏殿
- 42.秀吉の遠心と利休の遠心
- 第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって - 43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
- 44.秀吉と利休のわびへの志向
- 45.冷えわびとなまわび