第十三章

秀吉のわびと利休のわび―北野大茶湯をめぐって―

45.冷えわびとなまわび

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朗読者:鹿島俊裕

45.冷えわびとなまわび

ここにおいて、秀吉のわびと利休のわびとの根本的な違いが明らかになった。秀吉の鄙・素朴への志向を、もしわびへの志向というならば、利休の志向したところは、単なるわびあるいはなまのわびではなくて、いわば冷えわびであった。

豊臣秀吉作 竹花入 銘「大会」
今日庵所蔵

今日庵に、「大会」と銘された花入がある(上図)。根のついたままの竹で出来た、いかにも朴訥でごつい感じの花入である。背面に朱漆で「天下御作 天正十五年十月六日 大会」と書かれ、利休の花押がある(上図左側)。この書付を信じるとすれば、これは、北野大茶湯の頃に秀吉が作って利休に与えた花入ということになるわけであるが、それはともかく、この花入には、秀吉的わびがよく出ている。これに対して、利休が伊豆の韮山で、「園城寺」「よなが」とともに作ったと伝えられる竹尺八花入(下図)は、利休的わびの具現といえるであろう。

千利休作 竹花入 銘「尺八」
今日庵所蔵

利休のような冷えわびの立場から、秀吉のような単なるわび・なまわびを見たら、どのように映るであろうか。ここで私は、珠光の『心の文』(下図)の中の次の文を想起する。

珠光筆 心の文(第13章187)

当時、ひゑかるゝと申て、初心の人躰がびぜん物しがらき物などをもちて人もゆるさぬたけくゝむ事、言語道断也、かるゝと云事ハ、(中略)後までひへやせてこそ面白くあるべき也、

「枯れ」は、後まで冷えやせた枯れ、その意味での「冷え枯れ」であるべきであって、冷えのない単なる枯れ・いわばなま枯れは言語道断なものだ、というのがこの文の趣意であるが、単なるわび・なまわびも、これと同様の意味で、言語道断と言わねばならぬであろう。

ここではまた、利休の孫の宗旦が、佗者として知られた四人の「隠逸の異人」、すなわち粟田口善法、一路庵禅海、南都与五郎、同道六を評した、

かやうのものは、只、礼もなく、雅もなく、変人にて、習ふべからず、(『本阿弥行状記』)

という言葉も想起される。善法は、手取釜一つで、茶のための湯も沸かし、飯も炊き、「手取めよおのれは口がさし出たぞ雑炊たくと人に語るな」という狂歌を詠んだと伝えられ、一路庵禅海は、屋敷の外に畚を吊しておいて、人がそれに入れてくれる食物のみで生活し、一休と「万法有レ路如何是一路」「万事皆可レ休如何是一休」という問答をかわしたと伝えられる。共に、佗者の典型として、丿貫と並んで、昔から喧伝されている人物である。しかし宗旦は、これらの佗者に対して、右のように、低い評価しか与えなかったのである。宗旦自身が、世に「佗宗旦」というほどにわびに徹した人であっただけに、佗者に対する彼のかかる評言には、深く考うべきものを含んでいると言わなければならない。

利休から見れば、北野大茶湯で面目をほどこした一化や丿貫も、宗旦から見ての善法、禅海などと同様、礼なき、雅なき、習うべからざる変人だったであろう。そしてまた、このような単なるわびの茶人を賞美する秀吉もまた、礼なく雅なき、単なる鄙人・野人の域を大きく出るものではなかったであろう。

北野大茶湯に見られるわびへの志向は、演出主任兼主役の一人である利休の志向したところであるとともに、また、主催者兼興行主である秀吉の志向したところでもあった。しかし、同じくわびといっても、両者において、その内実は本質的に異っていた。すなわち、一は冷えわびであり、他はなまわびであった。それ故、大茶湯において、この両者の間には、たぶん、目に見えぬところで、わびをめぐる激しい葛藤があったであろう。そしてそれは、やがて来る利休切腹という悲劇への伏線でもあったであろう。

なお私は、大茶湯を支えるもう一つの志向、つまり壮大・豪奢への志向は、秀吉の志向するところであっただけでなくて、利休の志向するところでもあった、ただし、両者においてその志向の内実は、わびへの志向の場合同様、本質的に違うところがあった、と考えるのであるが、これについては、第十二章の中で触れるところがあった。

朗読者

鹿島俊裕

狂言師/佐藤友彦に師事、狂言共同社 ―本書の朗読で古語や漢詩の箇所を読まれ「そういった文章は間狂言という場面の「アイ」の役の語りに多いので馴染みがあります」とのこと。狂言調に読まれる部分は本業の仕事が見えて興味深く聞いていただけます。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録