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朗読者:市川櫻香
38.冷え枯るる風体
紹鷗は、白天目や「朝山」などを用いて、冷えたる風体の茶を行った。しかし紹鷗は、「冷え」を基調としつつも、更に一歩を進めた風体の茶を志向していたらしい。そのことを『山上宗二記』は、「心敬法師連歌ノ語曰、連歌ハ枯カジケテ寒カレト云、茶湯ノ果モ其如ク成タキト紹鷗常ニ云」と伝えている。つまり紹鷗は、「枯れかじけて寒き」風体を志向していたのである。そして、「枯れかじけて寒き」風体とは、「冷え」に「枯れ」の要素の加わった風体、つまり、珠光の『心の文』にいう「冷え枯るる」風体にほかならない。いま詳しく述べているいとまはないが、ここにいう「枯れ」は、言葉の文字通りの意味での枯れた・かわいたという趣に併せて、あらい、あるいは強い・たくましいという趣を含蓄する。「冷え枯るる」とは、「冷え」を基調としつつ、このような意味での「枯れ」を含む風体であったのである。
もっとも、紹鷗は、「枯れかじけて寒き」つまり「冷え枯るる」風を茶湯の果てとして志してはいたが、その志を十分果たすことなく逝った。つまり、紹鷗の茶は「冷え枯るる」を志向しつつも、なお全体としては「冷え」に留った、と私は考えているが、いまその詳細には立入らない。
では、「冷え枯るる」風体とは、具体的にはいかなるものであるのか。その問に最もよく答えてくれるのが、いわゆる紹鷗信楽(紹鷗信楽 桧垣文蹲壺(うずくまるの壺)・紹鷗信楽 鬼桶水差 伝武野紹鷗所持)であり、なかんずく、ここに取り上げた鬼桶水指であろう。或は、紹鷗所持の伝えをもつ南蛮芋頭水指(大名物 南蛮水指 銘「芋頭」 伝武野紹鷗所持 尾張徳川家伝来)や備前青海の水指(重要文化財 備前水指 銘「青海」 伝武野紹鷗所持 尾張徳川家伝来)をあげるのもよいであろう。また、珠光所持の松花茶壺(重要文化財 唐物茶壺 銘「松花」 伝村田珠光所持 尾張徳川家伝来)、利休所持の芋頭水指(南蛮芋頭水差 伝千利休所持)なども、冷え枯るる風体といえよう。
「冷え枯るる」ものへの志向は、利休によっても引つがれ、桃山時代人の美意識の一つの流れを形づくった。そしてそれは、今日の日本人の美意識にも大きな影響を及ぼしている。
以上を要するに、桃山時代には、「見渡せば……」の歌での「花・紅葉」にあたる、はなやかななまめかしさ、はなやかな艶を志向する美意識の流れが一方にあり、他方に、「冷え」ないし「冷え枯るる」を志向する美意識の流れがあったのである。そしてここでは、そのそれぞれの流れに対応する作品として、「高雄観楓図屛風」と「紹鷗信楽鬼桶水指」とを対置させてみたのである。
朗読者
市川櫻香
舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。
第1部
- 桃山の美とこころ
はしがき - はしがき
- 第一章
公家と武家 - 1.秀吉の松丸殿あて消息
- 2.格外の書と破格の書
- 3.三藐院の団欒の歌
- 4.秀吉と三藐院
- 第二章
南蛮物と和物 - 5.唐物と南蛮物
- 6.南蛮服飾
- 7.片身替詩歌文様の能装束
- 8.和物の伝統の継承発展
- 第四章
豪壮と優婉 - 12.唐獅子図屛風
- 13.唐獅子とは
- 14.花下遊楽図屛風
- 第六章
懐古と求新 - 19.異国的なるものへの憧憬
- 20.南蛮画
- 21.伊勢物語絵、源氏物語絵
- 第七章
キリシタンと禅 - 22.キリスト教と禅
- 23.キリシタン美術
- 24.禅の美術
- 第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動) - 25.天下人の能と民衆の風流踊
- 26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
- 27.沈静の美、躍動の美
- 第十一章
花紅葉と
冷え枯るる - 36.高雄観楓図と鬼桶水指
- 37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
- 38.冷え枯るる風体
- 第十二章
遠心と求心 - 39.桃山時代の遠心と求心
- 40.妙喜庵 待庵
- 41.東山大仏殿
- 42.秀吉の遠心と利休の遠心
- 第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって - 43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
- 44.秀吉と利休のわびへの志向
- 45.冷えわびとなまわび