第十一章

花紅葉と冷え枯るる

38.冷え枯るる風体

こちらから本文の朗読をお聞きいただけます

朗読者:市川櫻香

38.冷え枯るる風体

紹鷗は、白天目や「朝山」などを用いて、冷えたる風体の茶を行った。しかし紹鷗は、「冷え」を基調としつつも、更に一歩を進めた風体の茶を志向していたらしい。そのことを『山上宗二記』は、「心敬法師連歌ノ語曰、連歌ハ枯カジケテ寒カレト云、茶湯ノ果モ其如ク成タキト紹鷗常ニ云」と伝えている。つまり紹鷗は、「枯れかじけて寒き」風体を志向していたのである。そして、「枯れかじけて寒き」風体とは、「冷え」に「枯れ」の要素の加わった風体、つまり、珠光の『心の文』にいう「冷え枯るる」風体にほかならない。いま詳しく述べているいとまはないが、ここにいう「枯れ」は、言葉の文字通りの意味での枯れた・かわいたという趣に併せて、あらい、あるいは強い・たくましいという趣を含蓄する。「冷え枯るる」とは、「冷え」を基調としつつ、このような意味での「枯れ」を含む風体であったのである。

もっとも、紹鷗は、「枯れかじけて寒き」つまり「冷え枯るる」風を茶湯の果てとして志してはいたが、その志を十分果たすことなく逝った。つまり、紹鷗の茶は「冷え枯るる」を志向しつつも、なお全体としては「冷え」に留った、と私は考えているが、いまその詳細には立入らない。

紹鷗信楽 桧垣文蹲壺(うずくまるの壺)
紹鷗信楽 鬼桶水差 伝武野紹鷗所持
湯木美術館所蔵

では、「冷え枯るる」風体とは、具体的にはいかなるものであるのか。その問に最もよく答えてくれるのが、いわゆる紹鷗信楽(紹鷗信楽 桧垣文蹲壺(うずくまるの壺)・紹鷗信楽 鬼桶水差 伝武野紹鷗所持)であり、なかんずく、ここに取り上げた鬼桶水指であろう。或は、紹鷗所持の伝えをもつ南蛮芋頭水指(大名物 南蛮水指 銘「芋頭」 伝武野紹鷗所持 尾張徳川家伝来)や備前青海の水指(重要文化財 備前水指 銘「青海」 伝武野紹鷗所持 尾張徳川家伝来)をあげるのもよいであろう。また、珠光所持の松花茶壺(重要文化財 唐物茶壺 銘「松花」  伝村田珠光所持 尾張徳川家伝来)、利休所持の芋頭水指(南蛮芋頭水差 伝千利休所持)なども、冷え枯るる風体といえよう。

「冷え枯るる」ものへの志向は、利休によっても引つがれ、桃山時代人の美意識の一つの流れを形づくった。そしてそれは、今日の日本人の美意識にも大きな影響を及ぼしている。

以上を要するに、桃山時代には、「見渡せば……」の歌での「花・紅葉」にあたる、はなやかななまめかしさ、はなやかな艶を志向する美意識の流れが一方にあり、他方に、「冷え」ないし「冷え枯るる」を志向する美意識の流れがあったのである。そしてここでは、そのそれぞれの流れに対応する作品として、「高雄観楓図屛風」と「紹鷗信楽鬼桶水指」とを対置させてみたのである。

朗読者

市川櫻香

舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録