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朗読者:秋山あかね
9.金碧障壁画
桃山時代を、春夏秋冬いずれかの季をもってたとえるとすれば、もちろん春こそがふさわしい。桃山文化のイメージは、春の花である桃や桜と最もよくマッチする。
桃山時代のイメージを、爛漫と咲き匂う桜や桃のイメージに結びつけ、ひいて春に結びつけるのに、与って最も大きな力があったのは、この時代に盛行した金地濃彩のいわゆる金碧障壁画であろう。当代の覇者である織田信長も豊臣秀吉も、これを大いに愛した。信長の築いた安土城が、狩野永徳らによるおびただしい絵で飾られていたことは『信長公記』に詳しい。同書「安土山御天主之次第」によれば、城中は「梅」「遠寺晩鐘」「鳩」「鵝」「雉之子を愛する所」「唐之儒者」「花鳥」「ひょうたんより駒の出たる所」「呂洞賓」「ふゑつ」「西王母」「岩に色々の木」「竜虎の戦」「竹」「松」「桐に鳳凰」「きょゆう耳をあらへば、そうほ牛を牽而帰る所」「てまりの木」「庭子の景気」「釈門十大御弟子」「釈尊成道御説法之次第」「餓鬼共鬼共」「しゃちほこひれう」「上竜下竜」「天人御影向之所」「三皇五帝」「孔門十哲」「商山四皓」「七賢」などの絵で飾られていた。秀吉も、大坂城や聚楽第の建設に当っては、狩野永徳らを重用した。伏見城造営の時には、永徳は既に歿していたから、狩野光信(重要文化財 狩野光信筆 四季花卉図襖 部分 園城寺勧学院客殿一之間襖絵の内)や狩野山楽(重要文化財 狩野山楽筆 牡丹図襖 部分 大覚寺障壁画の内)を用いたのであろう。神社仏閣も、金碧障壁画で飾られた。例えば、天正十九年(一五九一)、わずか三歳でみまかった薄幸の長子棄丸(重要文化財 豊臣棄丸坐像 玩具船(棄丸所用))の菩提を弔うため秀吉が建立した祥雲寺では、長谷川等伯とその一門が筆を揮った。
初め右の祥雲寺にあり、今は京都智積院に蔵せられる「桜図」を掲げた。この絵を特に選んだのは、それが当代を代表する障壁画であることと、そのテーマが、桃山という時代のイメージにぴったりの桜花であることによる。ここに掲げたのは、全四面(国宝 桜図 智積院障壁画の内)のうち、向って左の二面である。
太い二本の樹幹の両側に、爛漫と咲く八重桜の花と蕾が胡粉による盛上げの手法でちりばめられ、金地の背景から華麗に浮き出す。奥のしだれ柳が柔らかく風情を添え、山吹、つつじ、たんぽぽ、すみれなどが艶を競う。その豪華絢爛たる趣は、まさに桃山絵画を代表するにふさわしく、これと同じくもと祥雲寺にありいま智積院に蔵せられる楓図とともに、当代障壁画の白眉と言える。
朗読者
秋山あかね
本草閣九代目/創業天保2年。「冷えの美」が中世的な美の基調であることをよく理解できました。黙読では得られないこと、声に出すとより感じ取れます。
第1部
- 桃山の美とこころ
はしがき - はしがき
- 第一章
公家と武家 - 1.秀吉の松丸殿あて消息
- 2.格外の書と破格の書
- 3.三藐院の団欒の歌
- 4.秀吉と三藐院
- 第二章
南蛮物と和物 - 5.唐物と南蛮物
- 6.南蛮服飾
- 7.片身替詩歌文様の能装束
- 8.和物の伝統の継承発展
- 第四章
豪壮と優婉 - 12.唐獅子図屛風
- 13.唐獅子とは
- 14.花下遊楽図屛風
- 第六章
懐古と求新 - 19.異国的なるものへの憧憬
- 20.南蛮画
- 21.伊勢物語絵、源氏物語絵
- 第七章
キリシタンと禅 - 22.キリスト教と禅
- 23.キリシタン美術
- 24.禅の美術
- 第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動) - 25.天下人の能と民衆の風流踊
- 26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
- 27.沈静の美、躍動の美
- 第十一章
花紅葉と
冷え枯るる - 36.高雄観楓図と鬼桶水指
- 37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
- 38.冷え枯るる風体
- 第十二章
遠心と求心 - 39.桃山時代の遠心と求心
- 40.妙喜庵 待庵
- 41.東山大仏殿
- 42.秀吉の遠心と利休の遠心
- 第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって - 43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
- 44.秀吉と利休のわびへの志向
- 45.冷えわびとなまわび