第四章

豪壮と優婉

14.花下遊楽図屛風

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朗読者:市川櫻香

14.花下遊楽図屛風

桃山時代人は、永徳の唐獅子図に見られる如き、強く、逞しく、猛きものを求めた。さりながら、嬰児が母親の乳房を求めるにも似た、甘く、温かく、柔らかく、優しきものへの原本的志向が無くなったわけではない。否、前者の志向が強ければ強いだけ、後者の志向も強まるのが自然の理である。美術においても然りである。永徳の屛風絵と対比するため、桃山時代屛風絵の中から、後者の志向のよく発揮されたものを探すとしたら、まず第一に挙ぐべきは、永徳の弟狩野長信(一五七七―一六五四)の花下遊楽図屛風であろう。

国宝 狩野長信筆 花下遊楽図屏風 左隻
東京国立博物館所蔵 出典:ColBase

六曲一双のこの屛風は、八角の仏殿の傍らの広場に幔幕を引きまわし、その内で、貴人が花と踊りを楽しむ様をあらわす。見るだに心楽しき春遊の場面である。画面全体に甘く、温かく、柔らかく、優しい、情感が漂う。それは、永徳の唐獅子とは、まるで違った世界である。永徳の唐獅子の「豪壮」に対し、これを「優婉」と評してよいであろう。

以下、左右両隻の図柄を、もう少し詳しく見てゆこう。

左隻には、広場で演じられる踊りを、仏殿の縁にいる主従一行が見物しているところを描く。縁の下には駕籠と二人の駕籠舁の姿が見え、その手前には、踊りの出番を待つらしき、三人の女がいる。幔幕の外には、料理を運び出す準備をする四人の侍女が見える。彼方には、山が望見される。仏殿横の美しく花咲く樹は、海棠との説もあるが、ここでは桜の一種と見ておく。

この絵の優婉の趣は、踊る人物(国宝 狩野長信筆 花下遊楽図屏風 左隻 部分)の姿態において殊に著しい。踊りは二つのグループに分れる。

扇を持って踊る女 出典:ColBase
羯鼓と扇を持って踊る女 出典:ColBase
音頭を取るだんだら羽織の若衆 出典:ColBase

向って左のグループは、羯鼓を打ったり扇で拍子を取ったりして踊る三人の桂包をした女と、その前で扇をもって音頭を取る一人の若衆とから成る。三人の女は、二枚がさねの小袖を着し、その上の分を、両肩脱ぎにしている。上下双方の小袖を同時に見せるための工夫である。その小袖は、高度の技法による洗練された美しさを示し、そのような工夫に価するものをもっている。例えば、中央の女は、白地に金の籠目雲形と白の桜を散らした小袖を下に着、その上にかさねて腰巻風に、赤地に太閤桐、丸紋尽し、唐草の三種の模様を散らした小袖を着している。左右の女の小袖も、金のだんだら、白菊、八重葎、葛、藤などが大胆にデザインされていて、桃山らしい豁達な美しさを表している。三人の前で音頭を取る若衆も、赤地に金摺箔の雲形と薄をあらわした小袖の上に、緑青の大桐と黒のだんだら模様の羽織という、あでやかな服装である。

剣舞する麗人と若衆 出典:ColBase
剣と扇を持って音頭を取る若衆 出典:ColBase

第二のグループは、刀や閉じた扇を手にして踊る三人と、その前で音頭を取る一人とから成る。このグループの服装も初めのグループに劣らず見事であるが、くだくだしい服装の説明は一般読者には退屈であろうから、割愛しよう。このグループの中で特に注意をひくのは、真中の、赤地に金摺箔の模様入り小袖を着した、いともかわいい麗人である。近年は、このグループは、服装からして、すべて男であるとの見方が一般的であるが、かつては、この赤小袖の人物は女と見られていた。たしかに、その面差しのやさしいなまめかしさ、刀取る手のふくよかさ、くの字に曲げられた体つきのしなやかさは、どう見ても女のものである。やはりこの人物は、男装の女と見る方が自然ではあるまいか。そう見た方が、右側の男の、踊りの途中の仕種とは思えぬ妙なポーズも説明しやすかろう。

仏殿の縁の貴公子 出典:ColBase
花を手にして階段を降りる女 出典:ColBase
 料理番の女 出典:ColBase

縁の上の六人のうち、向って一番右の、仏殿入口の敷居に腰掛けた、疋田の小袖を着する貴公子が、この一行の主であるのはいうまでもない。従者の一人が、ガードマンよろしく、主の横に立って、金の扇ごしに、きつい目で前を見ている。仏殿の階段を、両手に花を持って降りてくる女は、その下で働いている料理番の侍女たちの仲間で、いま仕事の手があいているので、縁に上って踊を見たり、花を手折ったりして、骨休めをしているのだろう。縁の上の六人のうち、一番左の一人も、髪型からして、同じ仲間かと思われる。

椿と重箱を捧げる女 出典:ColBase
道服の比丘尼、三味線の楽人 出典:ColBase
幔幕から内をうかがう女 出典:ColBase

右隻では、今を盛りと咲き誇る八重桜の大樹の下に、貴婦人の一行が車座に坐っている。車座の真中に、いろいろな花を盛り合せた、三足の台が置かれてある。車座の正面に坐って、杯を取り上げている貴婦人が、この一行の主であることは疑いない。その向って左に坐る女が、それに次ぐ地位の貴婦人であることも、服装、敷物などから明らかである。二人の視線の行く先に、三味線を弾く楽人と、道服の比丘尼がいる。楽人の三味線に合せて、比丘尼が手拍子を取りつつ歌っているところである。向って左の貴婦人も、手拍子を取って和している。花見の宴が、いま始まったところなのである。貴婦人二人の前に坐る三人は侍女であろう。

左手から、二人の美しい侍女が近づいてくる。一人は、卜伴(月光)に似た赤椿を、足打折敷にのせて捧げ持ち、いま一人は、朱塗に金蒔絵をほどこした六角の重箱を、三宝にのせて捧げ持っている。その重箱は、左隻の幔幕の外で、侍女が手にするのと同じものである。

画面の右端では、二人の侍女が、幔幕を透かして内の様子をうかがっている。牡丹唐草模様のこの幔幕は、薄い布地で、向うが透けて見えるのである。たぶん二人の侍女は、重箱を持出す潮時をはかっているのであろう。

右隻の、杯を持つ貴婦人を淀殿とする伝承があり、この伝承を踏まえて、左隻の貴公子を秀頼とする説が出ている。確かな根拠はないにしても、面白い見方であると思う。私は、更に一歩進めて、杯を手にする貴婦人を北政所、その隣の貴婦人を淀殿と考えて見たい。この場合、道服の比丘尼は、孝蔵主ということになろうか。

このような絵は、ふつう風俗画の範疇に含められる。ところで、甘く、温かく、柔らかく、優しきものへの志向の実現であるような風俗画の中には、頽廃的な雰囲気を帯びたり、品性において缺ける所のあったりする作品が、ままある。しかし、長信の花下遊楽図は、甘く、温かく、柔らかく、優しきものへの原本的志向の十分な実現でありながら、あくまで健康であり、清澄、高雅で、高い気品を失わない。永徳の唐獅子図と全く異る世界を描きながら、藝術的には唐獅子図に勝るとも劣らぬ名作として、ここに取上げる所以である。

朗読者

市川櫻香

舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。    ―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録