第五章

閑寂と変化

17.利休における閑寂と変化

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朗読者:寺田鉄平

17.利休における閑寂と変化

さて、「大黒」は利休好みの一典型を示すものとみられるが、その閑寂な趣は、紹鷗の茶の理念を継承するものであり、紹鴎の愛唱した、定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮」の心に通い、紹鷗好み白天目茶碗などと共通するものであった。だが利休には、「浦のとまや」への志向と同時に、「雪間の草」への志向があった。それは、白一色の閑寂な雪原中に「変化」や「動き」を求める心であった。利休作竹花入について言えば、前の志向が「よなが」に示されているのに対し、後の志向は「園城寺」に示されていた(10節参照)。利休作茶杓について言えば、前の志向を示すものとしては、例えば「泪」(千利休作 竹茶杓 銘「泪」)が、後の志向を示すものとしては、例えば「ゆがみ」(千利休作 竹茶杓 銘「ゆがみ」)が挙げられよう。「泪」は、閑寂そのものの姿であり、「ゆがみ」には、閑寂の中に変化を求める作意がうかがわれる。「ゆがみ」の、その銘の如く節の所でゆがんだ形や、節下の虫喰穴の景色は、「園城寺」の割れ目に通うものである。

「園城寺」や「ゆがみ」に見られる如き、閑寂の中に変化を求める心は、利休所持の茶碗について言えば、例えば、右に言及した「早船」に示されている。この茶碗の、高台から口縁近くまで山形にのびた青鼠釉の景色は、たしかに、「園城寺」の割れ目や、「ゆがみ」のゆがみ・虫喰に通じる趣のものである。しかしこの茶碗では、変化への志向はそれほど大きくはない。変化への志向は、同じ利休所持の茶碗でも、瀬戸黒「小原木」(瀬戸黒茶碗 銘「小原木」 伝千利休所持)ではもっと大きい。「嶋筋黒」(嶋筋黒茶碗 伝千利休所持)になると更に大きい。

「嶋筋黒」については、『南方録』「滅後」の巻に、

コレハ休公ヨリ玉ハル、天正元年口切ノ時出来ノナリ、アタラシキ物ナレドモ、休、コトノ外出来ヨシトテ玉ハリ、度々御茶ヲモ上ゲ、其冬春、大方日々コノ茶碗ニテタテラレシ、秘蔵ナリシ也、コレヨリ大フリノハ、古田織部ニ被遣シ也、

とある。また同書「会」の巻には、「嶋筋黒茶碗」を使用した茶会の記録が十二月十六日朝の御成の会の条に見える。『南方録』の「会」には月日の記載はあるが年の記載がない。それ故、『南方録』だけでは、この御成の会の年がわからぬわけであるが、さいわい『今井宗久茶湯書抜』に同じ会の記事があり(使用の茶碗は「黒茶ワン」とのみ記す)、それは天正十四年のことになっている。この年記にも疑問の餘地があるけれども、差当ってこれを信用することにすると、利休は、相互に大いに風を異にする二つの茶碗、つまり閑寂そのものの「大くろ」と頗る変化に富んだ「嶋筋黒」を、ほぼ同じ時期に用いていたことになる。

これを要するに、ここで私は、(一)利休には、師の紹鷗と同じ閑寂そのもの・冷えさびたものへの志向とともに、変化への志向があった、(二)利休好みの道具について言えば、前者の志向の具現であるのが「大黒」「よなが」「泪」などであり、後者の志向の極大の具現が「嶋筋黒」であった、(三)両者をつなぐ位置にあるのが、「早船」「ゆがみ」「小原木」などであった、と言いたいのである。

朗読者

寺田鉄平

陶芸家/1975年生まれ、日本有数の窯業地・瀬戸で140年余り続く織部焼窯元美山陶房の5代目として生れる。東京造形大学彫刻科卒業。 ―織部の師、利休の遺した言葉と作品が織部にどのように影響したかを読み解くような朗読です。他の方よりも、さらさらと読まれ、やはり実体感覚のある朗読です。真実味と併せて寺田さんの透明感も感じられました。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録