第十一章

花紅葉と冷え枯るる

36.高雄観楓図と鬼桶水指

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朗読者:市川櫻香

36.高雄観楓図と鬼桶水指

章題の「花紅葉」は、定家の
  見渡せば花も紅葉もなかりけり
   浦のとまやの秋の夕暮

によったものであり、「冷え枯るる」は、珠光の『心の文』の中の言葉を借りたものである。定家の歌は、紹鷗が、佗茶の心をあらわす歌として愛唱していたと伝えられるものでもあった(『南方録』)。ここでは、「花紅葉」を志向する美意識と、「冷え枯るる」を志向する美意識とを対置させ、前者の美意識に合った作品として高雄観楓図を、後者の美意識に合った作品として鬼桶水指を、取りあげてみた。

国宝 狩野秀頼筆 観楓図屏風
東京国立博物館所蔵 出典:ColBase
紹鷗信楽 鬼桶水差 伝武野紹鷗所持
湯木美術館所蔵

先ず観楓図から見てゆこう。

六曲一隻のこの絵は、画中に押された「秀頼」と読める壺型の印章から、狩野秀頼筆と一般に認められている。洛西の紅葉の名所、高雄での、僧俗士庶の紅葉狩を描いたもので、当世風俗画の先駆的作品である。

国宝 狩野秀頼筆 観楓図屏風 部分
神護寺遠景と一連の雁 出典:ColBase
愛宕神社遠景 出典:ColBase

向って右上方に高雄山神護寺の伽藍(神護寺遠景と一連の雁)と一連の雁が描かれ、左上方には愛宕山と愛宕神社が描かれる(愛宕神社遠景)。神社参道の段だら坂を上り下りする人も見える。その少し下には、三羽の白鷺が飛ぶ。愛宕山と愛宕神社が雪景になっているのは、この屛風が、もと六曲一双の四季屛風中の一隻であったことを暗示する。

さて観楓を楽しむ人々は、およそ三つのグループに分けられる。

橋上・橋畔の人 出典:ColBase

一つは、画面中央、清滝川にかかる太鼓橋の上にいる人々と、同じ橋のたもとにいる人々のグループである(橋上・橋畔の人)。橋の右寄りでは、法体の男が欄干に腰掛けて尺八を吹き、その左では、赤と緑の派手な服装の男が横笛を吹いている。たぶんこの二人は、橋上で行き逢い、意気投合して合奏を始めたのであろう。横笛吹く人の左方で、欄干にもたれて観楓する美しい人、その後方で薙刀をもって控える人の二人は、ともに横笛の男の連れであろう。橋のたもとにいるのは、これから橋を渡ろうとする僧侶とその供人である。

うたげの男 出典:ColBase

第二のグループは、画面の左手で、舞囃子を楽しむ風流な六人の武士である(うたげの男)。一人は扇をかざして舞い、一人は小鼓を打ち、一人は大鼓を打ち、一人は手拍子を取り、他の二人が唱和している。

うたげの女・茶売りとその客 出典:ColBase

第三のグループは、画面右手の、茶売りとその客、および宴する美しい婦人の一行である(うたげの女・茶売りとその客)。一服一銭の茶売りは、茶筅を動かしながら、前で茶を喫んでいる客に何か話しかけている。もう一人の客の尼は、左手に茶碗、右手にうちわを持って、地面に立膝で坐り、すぐ横で今しも酣な宴の様を、面白そうに見ている。尼の前で、杯を手にしている女が、たぶん宴の一行の主であるのだろう。その横の女は、胸をはだけて、赤児に乳を含ませている。

以上のように細部を見た上で、もう一度全体を大観してみよう。今を盛りの紅いもみじが、松の翠に一段とはえ、川に流れるもみじ葉が、水の面を錦に彩る。道の辺には、いろいろな秋の草花が、撩乱と咲き匂う。橋の上からは、笛と尺八の合奏の音が、明澄な大気の中に玲瓏と響き、左手からは、男たちの謡が朗々と伝わり、右手からは、笑いさんざめく女たちの嬌声がにぎやかに聞える。まことにはなやかな、しかしさすが秋らしく一抹の冷気も含んだ、なまめかしく、艶な、風情である。

次に、紹鷗信楽鬼桶水指を見てみよう。

紹鷗信楽 鬼桶水差 伝武野紹鷗所持
湯木美術館所蔵

黒塗の蓋裏に、朱漆で「道閑所持シカラキ」と書付がある。その筆者は宗旦。「道閑」は、伊達家の茶頭であった清水道閑である。

この手の水指を鬼桶と称するのは、これがもと農家で麻苧を入れる苧桶であったことに由来するというのが通説であるが、また、その形状のあらあらしい勁さ・たくましさが、鬼の連想をさそったことにもよるであろう。歌道での拉鬼体(鬼とり拉ぐ体)が想起されるところである。鬼桶水指で記録に最も早く現れたのは、辻玄哉所持のそれで、玄哉から宗及に渡り(『宗及他会記』元亀二年三月三日)、更に織田信忠に渡ったらしい(『山上宗二記』)。

附属の啐啄斎の極状は、この水指を「信楽雷盆水指」といっている。雷盆とはすり鉢のことで、一般にすり鉢型の水指をかく呼ぶのである。

紹鷗信楽 桧垣文蹲壺(うずくまるの壺)

鬼桶水指や蹲るの壺花入(紹鷗信楽 桧垣文蹲壺(うずくまるの壺))などを「紹鷗信楽」と総称することがある。紹鷗の見立てで茶器となったとされるためであるが、珠光伝書『心の文』に記された「冷え枯るる」道具とは、この紹鷗信楽の如きを指すのであろう。

では、「冷え枯るる」とはどんな趣で、それは紹鷗の好みとどう関っているのであろうか。そのことを次に考えてみよう。

朗読者

市川櫻香

舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録