第八章

重要文化財 狩野内膳筆 豊国祭礼図屏風 左隻 傘鉾を押し立てて踊りの出番を待つ人々

27.沈静の美、躍動の美

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朗読者:市川櫻香

27.沈静の美、躍動の美

最後にもう一度、雪の小面と風流踊を比べてみよう。雪の小面は、一種すご味を帯びた妖艶な美しさをもつ。それは外に向って強く放散する美しさではなくて、逆に内へ内へと深く沈潜する美しさである。そのような美をこの面がもつのは、ひとつには、作者の竜右衛門の造形精神のあり方によるのであるが、いまひとつには、能という藝能が、元来基本的にそのような美を要求するものであることにもよるであろう。天下人秀吉は、このような沈静の美を求めたのであった。

他方、「飛つ駁つ」踊り狂う人々を描く内膳の風流踊の絵には、蓄積された民衆のエネルギーの、外に向っての激しい放散がある。それはまた、桃山というヴァイタリティーに富んだ時代の時代精神の、露わな発現でもある。ここに見られるのは、能面のもつ沈静の美とは対極にある躍動の美である。桃山の民衆は、このような躍動の美を求めたのであった。

以上、天下人―能―沈静の美、民衆―風流踊―躍動の美、という対照を述べたが、この図式はいつでもどこでもあてはまるというわけではない。天下人秀吉にも、風流踊―躍動美を愛する気持はあったであろうし、それだからこそ、彼のための祭礼に風流踊が企画されたのであった。また民衆にも、能―沈静美を愛する心も勿論あった。そういう点から言えば、能面と風流踊を、「天下人と民衆」という対極から捉えるのは実は餘り適当でなく、「沈静と躍動」というような捉え方の方がよかったかもしれない。

朗読者

市川櫻香

舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録