第三章

花と雪間の草

10.「冷え」の美

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朗読者:秋山あかね

10.「冷え」の美

右に桃山時代は季節にたとえるならば春で、その文化は桃や桜のイメージによくマッチすると言った。だがそれは、今日から遠見しての一般的傾向であり、立入って精しく見れば、春の盛りとは異る気分を保って生き、桜桃とは違ったイメージの文化を産み出した桃山時代人もたくさんいた。かの千利休もまたそのような人物の一人であった。

利休の美意識の基調は中世的なものであった。桃山時代が春にたとえられるとすれば、中世の鎌倉・室町時代は、晩秋から冬の季節にたとえられよう。ついでに言えば、平安時代は、紅葉の錦に彩られた闌秋にたとえられようか。

珠光筆 心の文(第13章図187)

中世人の美意識は、冷え、さび、やせ、寒く、枯れた、風体を求めた。珠光も、『心の文』の中で、「冷え枯れ」「冷えやせ」た風体に言及していた。いま、室町時代の歌人・連歌師で勝れた理論家でもあった心敬(一四〇六―一四七五)の著作から、中世人の美意識をよくうかがわせる、二つの文章を引いてみよう。

昔の歌仙にある人の、歌をばいかやうに詠むべき物ぞと尋ね侍れば、枯野のすゝき、有明の月、と答へ侍り。これは言はぬ所に心をかけ、冷え寂びたるかたを悟り知れとなり。(『さゝめごと』)
氷ばかり艶なるはなし。刈田の原などの朝の薄氷、ふりたる檜皮の軒などの氷柱、枯野の草木など露霜の閉ぢたる風情、おもしろくも艶にもはべらずや。(『ひとりごと』)

利休の師である紹鷗は、心敬のこの思想を承けて、

心敬法師連歌ノ語曰、連歌ハ枯カシケテ寒カレト云、茶湯ノ果モ其如ク成タキ

と常に言っていたという(『山上宗二記』)。利休も師説を承けて、点前は「枯木の雪におれたる如く」あるべしと説いていた(野村宗覚宛伝書)。

やや強引に整理して言えば、利休が継承している中世的美意識の基調は「冷え」であった。いま詳しく述べているいとまがないので、簡単に言えば、ここでいう「冷え」は、言葉の文字通りの意味での冷えた、冷たい、或は、寒い、しみる、こおるという含みの外に、清らかな、清浄なという含み、淡白な、平淡な、目立たないという含み、そして緻密な、密度の高い、しまった、無駄がないという含みをもつ。冷えたる風体とは、具体的な例をあげれば、「東の方より西に立廻りて、扇の先斗にて、そとあしらひて止め」るとか、「尺八の能に、尺八一手吹き鳴らひて、かく〳〵と謡ひ、様もなくさと入」とかいうような、淡々とした何事もない所作をするばかりで具眼の見者に感涙を催させた、名人増阿の藝風であり(世阿弥『世子六十以後申楽談儀』)、或は、「二曲も物まねも儀理もさしてなき能の、さび〳〵としたる中に何とやらん感心のある所あり」とされる、世阿弥のいわゆる「心より出来る能」であり(世阿弥『花鏡』)、或は、心敬の「心言葉すくなく寒くやせたる句」(『さゝめごと』)であり、或は、珠光が『お尋の事』で説いたような、自然と目に立たぬ、かろかろとした、けやけやしくない風体である。

利休の茶の風体の基調も、このような「冷え」であった。ここに、利休の冷えたる茶の風体を彷彿させる挿話を一つ紹介しよう。それは利休の点前の風についての、よく知られた話で、ここでは私の手近にある、文政十二年刊の『喫茶餘録』初編下に『貞要集』(宝永七年成立)よりの引用として記載されているものをそのまま紹介するが、他にも同じ話を録した書物が、『閑夜茶話』その他いくつかあったと記憶する。

針屋宗真名ある茶人紹鷗利休ノ比ノ人老後に、其比の数寄者共、利休織部茶道前いかやうに有レ之哉と相尋候へば、宗真答て、織部手前ハ扨も〳〵りっぱなる事、今に目に付候様おもハれ候。あのごとくにも立申さるゝ事哉と感じ入る。利休手前ハ、見とり候はんと目を付るに、いつ立出し、又仕廻申、見とめ見覚不レ申候。利休点前ハ凡慮を離れたるよし、常々に語れり、といひ伝ふ。

心して目をつけていても、いつ点て始め、いつしまったのかと、見とめ見覚えられなかった、という利休の茶風は、世阿弥の讃嘆する増阿の藝風と同じで、冷えたる風体と言える。

晩秋から冬の季節にもたとえらるべき中世の「冷え」の美意識を基調とした、利休の好みを反映した茶道具としては、例えば竹花入「よなが」、長次郎作黒楽茶碗「大黒」、唐物尻膨茶入などを思い浮べることができる。
利休作竹一重切花入「園城寺」もまた、このような道具の一例である。これを智積院の「桜図」と並べた趣意は、いう迄もなく、春の美意識のさながらな具現である「桜図」と、冬の美意識を基調とする「園城寺」との対比を示さんがためである。

朗読者

秋山あかね

本草閣九代目/創業天保2年。 「冷えの美」が中世的な美の基調であることをよく理解できました。黙読では得られないこと、声に出すとより感じ取れます。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録