第五章

閑寂と変化

15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」

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朗読者:寺田鉄平

15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」

ここでは、長次郎黒楽茶碗「大黒」と、藤田家旧蔵の黒織部筒茶碗とを取上げた。後者の茶碗に銘のないのは叙述の上で不便なので、ここでは仮に、この茶碗の前後の大きな三角形の恰も窓の如き模様にちなんで、「三角窓」と呼ぶことにする。もちろんこれは、この場限りの、全く便宜的な呼名であることを豫めお断りしておく。

「大黒」の風体を一言で評するとしたら、「閑寂」というべきであろうか。端正で素直な、尋常で自然な、気品高くあたたかな、しかも少しも隙のない、閑かな寂然たる姿である。前にも触れたごとく(11節)、この茶碗には、どこと言って取立てて見るべき景色がない。強いて挙げれば、黒釉と茶釉の微妙な混り工合、畳付の一部の土見、高台内の巴文などが変化の面白さを示していると言えるが、これとても、全体の閑かな諧和を破るものではない。これに対して「三角窓」は、裾拡がりの形状、口縁の強い捻り返し、左右に掛け分けられた黒釉、その間にあいた、二つの大きな三角窓状の部分、この窓と口辺に掛けられた白釉、窓の中に描かれた抽象的な花模様、高台内の窯印など、「大黒」とは対照的に、変化に富み、景色豊かな、作意の強くうかがわれる、それでいていや味のない茶碗である。

朗読者

寺田鉄平

陶芸家/1975年生まれ、日本有数の窯業地・瀬戸で140年余り続く織部焼窯元美山陶房の5代目として生れる。東京造形大学彫刻科卒業。 ―織部の師、利休の遺した言葉と作品が織部にどのように影響したかを読み解くような朗読です。他の方よりも、さらさらと読まれ、やはり実体感覚のある朗読です。真実味と併せて寺田さんの透明感も感じられました。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録