第二章

南蛮物と和物

5.唐物と南蛮物

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朗読者:橋野真理絵

5.唐物と南蛮物

重要文化財 綴織鳥獣文陣羽織 伝豊臣秀吉所用 部分
高台寺所蔵

日本人は、原始時代から現代に至るまで、旺盛な意欲をもって、積極的に海外の品物を輸入してきた。それらの品物は、室町時代までは、おおむね中国大陸ないし朝鮮半島から輸入された。輸入品の中には、中国大陸ないし朝鮮半島の産物でないものもあった。東南アジアや西アジアの産物もあり、中には、遙か西ヨーロッパから将来されたものもあった。だが、これら中国・朝鮮以外の地域の産物も、日本へは、中国ないし朝鮮を経由して輸入されることが多かった。これら舶来品は、古くから「唐物」と呼ばれた。平安時代以降、「唐物使」なる官がおかれたことがあり、室町幕府には「唐物奉行」があった。中国の産物、ないし中国からの輸入品でなくても、総じて輸入品はすべて「唐物」と呼ばれていた。「トウモツ」と発音されることもあった。一六〇四年刊行の『日葡辞書』の見出し語には、Caramono と Tǒmot の両方が入っている。「唐物」を中国産ないし中国経由の輸入品の名称に限定し、朝鮮半島からの輸入品を「高麗物」、中国・朝鮮以外の、主として東南アジア方面からの輸入品を「島物」と呼ぶこともあった。「島物」の代表が、呂宋助左衛門らによって将来された呂宋壺である。

しかるに、室町時代末から、日本の海外交易に新しい要素が加わってきた。西洋人の登場である。はじめにポルトガル人が、次いでスペイン人がやってきた。彼等は「南蛮人」と呼ばれた。彼等の船は「南蛮船」であり、南蛮船によって輸入される品は「南蛮物」であった。元来「南蛮」というのは、南の野蛮人の意味で、中国人が南方の異民族への蔑称として用いた言葉であったが、室町時代末期以降の日本では、これを、ルソン・ジャワなど東南アジア方面、ひいてこの方面からやってくる西洋人、特にこの地方に植民地をもつポルトガル人、イスパニア人をさす言葉として用いるようになったのである。そしてこのさい、中国での「南蛮」の語がもっていた蔑視のニュアンスはほとんど消えていた。

見慣れぬ南蛮人の風貌は、大いに日本人の好奇心をそそった。そのことを『吉利支丹物語』は次の如く伝えている。

蛮のあきんど船に、始めて人間の形にて、さながら天狗とも、見越入道とも名のつけられぬ物を一人わたす、よくよくたづねきけば、伴天連といふものなり、先その形を見るに、鼻の高きことさゞゐがらのいぼのなきをすひつけたるに似たり、目の大きなることは、めがねを二つならべたるがごとし、(中略)物いふ事かつてきこえず、声はふくろのなくににたり、しょ人こぞって見物、みちをせきあへず、面体のすさまじき事、あら天狗と申とも、かやうにはあるまじきと人みな申あへり、その名をうるがん伴天連といふ、

南蛮人のもたらす珍奇な南蛮物も、大いに日本人の興味をかき立てた。財力のある人々は、争ってこれを買い求めた。南蛮物を愛した、時の権力者織田信長のもとには、おのずから数多くの南蛮物が集まった。ルイス・フロイスの『日本史』八十六章にいう。

絶えず信長と用務があるおもだった貴人や市民たちは、信長がインドやポルトガルから来た衣服や諸物を好むことを思いつき、人びとが信長に呈した物の数は甚だ多く、このように遠隔の地方のどこからこれほどたくさんの品が来るのであろうか、また、日本人がそれをどこで買うことができるものかもわからずに、いずれ劣らず驚くばかりであった。なぜならば、彼等はヨーロッパから来た衣服、緋の合羽、羽飾りがついた天鵞絨の帽子、聖母の像がついた金メダル、コルドバの革製品、時計、きわめて高価な毛皮の外套、たいそう高価なヴェネチヤ製のクリスタルガラス器、緞子生地、絹、及びその他インドから来たさまざまな品を信長に贈り、それらは多数の大きな櫃を充たした。                    (柳谷武夫訳)

豊臣秀吉も南蛮物を好んだ。天正十四年、日本イエズス会副管区長ガスパル・クエリョの一行が大坂城で秀吉に謁した時、城内には、「新しい緋の外套 Capas が十または十二、絹の紐で吊して」あり、また、「ヨーロッパにおいて用ふる非常に高価な寝台二つに、立派な織物に金の縫をした蒲団を掛けたもの」がおかれてあった(新異国叢書『イエズス会日本年報』下)。

朗読者

橋野真理絵

花習会会員―意味を理解するのに、大きな声を出して口にするだけでも、世界観が現れると櫻香さんから言われました、難しかったが繰り返し読んでみたいです(真)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録