第九章

御殿と草庵

29.都久夫須麻神社本殿

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朗読者:市川櫻香

29.都久夫須麻神社本殿

竹生島の堂宇はたびたび火災に罹ったが、慶長七年から翌年にかけて豊臣秀頼が檀越となり、片桐且元を奉行として、辯才天堂の改築と観音堂の建立とがなされた。観音堂には豪華な向唐門もつけられた。また辯才天堂と観音堂とを結ぶ渡廊も作られた。これらの建物は、さしたる損傷を受けることなく今日に伝わり、桃山美術の粋をここに見ることができるのは喜ばしい。

明治以後、竹生島に都久夫須麻神社(竹生島神社)が復活することになった。都久夫須麻神社は『延喜式』にも見える、古い由緒をもつ神社であるが、本地垂迹説によって、中世以降、辯才天信仰の中に吸収せられ、殆ど忘れられていた。それを、維新政府が、神仏分離の方針によって、復活させることにしたのである。これに伴って、それまで辯才天堂と観音堂を統括してきた宝厳寺を廃することも考慮せられたが、住持の抵抗等によって寺は残った。ただし辯才天堂は神社に譲渡せられて、その本殿となった。

国宝 都久夫須麻神社 本殿 内陣襖戸
滋賀県文化財保護課写真提供

図に掲げたのは、都久夫須麻神社本殿すなわち旧辯才天堂の母屋の中央から右方を見た所である。二面の襖には、菊、桔梗、松などが、金地濃彩で絢爛華麗に、しかしたおやかに、詩情をもって画かれる。反対側、つまり正面に向って左側の襖には、桃花と竹が画かれている。長押の上の小壁には藤の花。その上は折上格天井になっていて、三十六ある方形の区劃のおのおのに菊、牡丹、桜などの花の絵が、これも華麗に、優美に画かれている。柱や長押は黒漆塗とし、金蒔絵で花鳥をあらわす(国宝 都久夫須麻神社 本殿 内部 柱蒔絵)。いわゆる高台寺蒔絵である。柱・長押の要所に打たれた精巧な金具(国宝 都久夫須麻神社 本殿 内部 長押金具)も、見事な出来映えである。入口の桟唐戸(国宝 都久夫須麻神社 本殿 内部 桟唐戸・国宝 都久夫須麻神社 本殿 桟唐戸外側の彫刻)には、全面に菊花の彫刻をあらわし、また金の飾金具を打って、まことに華やかな風情である。方三間という小さな室内であるが、ここには、桃山らしい絢爛華麗な美しさが横溢している。

国宝 都久夫須麻神社 本殿 内部 長押金具
国宝 都久夫須麻神社 本殿 外陣
国宝 都久夫須麻神社 本殿 内部 桟唐戸

今日、都久夫須麻神社では、この神殿は、伏見城の「日暮御殿」の建物の寄進を受けて成った、と伝えている。学者の研究は、神殿の庇と向拝は永禄十年の建物であるが、中心部の母屋は、慶長七年の作事に際して他所から移建されたものであることを明らかにしている。しかし、移建が伏見城からであるという点に関しては、疑問がもたれている。大方の意見は、伏見城からでなくて、豊国社からの移建であろうとするのである。その主要な根拠は、辯才天堂と同時に作事の行われた観音堂の唐門(国宝 宝厳寺観音堂唐門 正面(西面)前景)が、豊国社からの移建であるとされるところにある。

観音堂の唐門が豊国社からの移建である可能性はかなり大きいといえる。何故なら、『舜旧記』慶長七年六月十一日の条に「今日ヨリ豊国極楽門、内府ヨリ竹生島ヘ依寄進、壊始」とあり、また渡廊の飾金具に「豊国大明神御唐門下長押金物」の銘があるからである。だが、観音堂唐門が豊国社からの移建であることは、都久夫須麻神社本殿の母屋が同所からの移建であることを確証するものでは勿論ない。私は、伏見城日暮御殿を移建したとの伝承を尊重する方向で考えてみたいのであるが、それはしばらくおいて、ここで、重要文化財 高台寺 時雨亭 二階内部を見てみよう。

重要文化財 高台寺 時雨亭 二階内部

朗読者

市川櫻香

舞踊家/名古屋生まれ。むすめかぶき代表、花習会主宰。12代市川宗家より市川姓授与、祖母、豊後半壽、常磐津研究所に生れる。能と歌舞伎による新作「千手」「天の探女」、市川團十郎脚本「黒谷」、名古屋市芸術奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ賞受賞等。―「伝えるより、気づいてもらう」と倉澤先生の言葉。日本的な「歌」の世界観が表現出来ることを目標にして読みました。どうでしょうか。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録