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朗読者:天野鎭雄
13.唐獅子とは
なおここで、画題の「唐獅子」について一言しておく。唐獅子とは元来、獅子すなわちライオンを、日本に棲息する鹿、猪と区別して、呼ぶ名称である。この場合、唐は中国の意ではなくて、外国の意である。つまり広義での「唐物」の唐と同じである(5節)。要するに、唐獅子とは、獅子の異名に外ならない。
獅子は、仏典では多く「師子」と表記し、獣中の王の意で「師子王」ともいう。人中の王たる仏をこれにたとえ、仏の説法を「師子吼」、仏の座席を「師子座」、仏の心を「師子心」、仏の歩みを「師子歩」などという。また文殊の乗物とされ、仏画中にもしばしば登場する。中国では古く「狻猊」と呼ばれて、鏡背文様などに盛に用いられた。
獅子は虎や豹を食うと伝えられる。豹はともかく、虎は「竜虎相うつ」といわれる如く、竜と共に地上最強の動物と考えられている。獅子は、その虎をも食うというのである。獅子の強さが虎を凌ぐことに関しては、新井白蛾(一七一四―九二)の『牛馬問』に、清人からの聞書きとして次のような話が録されている。虎は獅子に出遭うと、地に倒れて四足を空にあげ、口をあき、目をふさぎ、死んだふりをする。すると獅子は、開いている虎の口に排泄をする。それでも虎は動かない。獅子が遙かに行き過ぎたのを見定めてから、やっと起きて逃げて行く。溲瓶を虎口というのはこれに由来する―というのである。(もっとも、溲瓶の異称を虎子とし、虎の口に排泄する動物を麟主とする書もある。)
獅子が絵の主役として描かれることは、室町時代以前では殆んど見られない(仏画での獅子は脇役であって主役ではない)。それ故、永徳が、獅子を絵の主題としたのは、かなり斬新な試みであったと言える。おそらく、桃山という進取的な時代の精神が、永徳を促して、竜虎の如く旧套にはまらぬ、しかも竜虎を凌ぐ、新しい力の象徴として、獅子を着想させたのであろう。
朗読者
天野鎭雄
俳優/1936年愛知生まれ。愛知県NHK名古屋放送劇団、文学座研究生、「山本安英の会」など経て、劇団「劇座」代表。ラジオのパーソナリティーを務め「アマチン」の愛称で親しまれる。愛知県芸術文化選奨賞等受賞。 ―桃山文化を、細かく深く見た言葉を語るわけですが、自由はつらつでいいのではないかと、思い読んでいます。
第1部
- 桃山の美とこころ
はしがき - はしがき
- 第一章
公家と武家 - 1.秀吉の松丸殿あて消息
- 2.格外の書と破格の書
- 3.三藐院の団欒の歌
- 4.秀吉と三藐院
- 第二章
南蛮物と和物 - 5.唐物と南蛮物
- 6.南蛮服飾
- 7.片身替詩歌文様の能装束
- 8.和物の伝統の継承発展
- 第四章
豪壮と優婉 - 12.唐獅子図屛風
- 13.唐獅子とは
- 14.花下遊楽図屛風
- 第六章
懐古と求新 - 19.異国的なるものへの憧憬
- 20.南蛮画
- 21.伊勢物語絵、源氏物語絵
- 第七章
キリシタンと禅 - 22.キリスト教と禅
- 23.キリシタン美術
- 24.禅の美術
- 第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動) - 25.天下人の能と民衆の風流踊
- 26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
- 27.沈静の美、躍動の美
- 第十一章
花紅葉と
冷え枯るる - 36.高雄観楓図と鬼桶水指
- 37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
- 38.冷え枯るる風体
- 第十二章
遠心と求心 - 39.桃山時代の遠心と求心
- 40.妙喜庵 待庵
- 41.東山大仏殿
- 42.秀吉の遠心と利休の遠心
- 第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって - 43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
- 44.秀吉と利休のわびへの志向
- 45.冷えわびとなまわび