第六章

懐古と求新

20.南蛮画

こちらから本文の朗読をお聞きいただけます

朗読者:柴川菜月

20.南蛮画

重要文化財 南蛮屏風 右隻 部分
南蛮文化館所蔵

南蛮趣味の流行は、当然、この時代の美術の上にも大きな影響を及ぼした。南蛮船と南蛮人上陸の様を描いた、いわゆる「南蛮屛風」も、このような南蛮趣味盛行の反映であった。本章に取上げたのは、大阪南蛮文化館所蔵の南蛮屛風である。六曲一双のこの屛風は、描写の正確さから、長崎での実見に基くものと推測され、筆者は狩野光信とみられている。この屛風の右隻の中二扇の部分を掲げた。

黒人奴隷のさしかける大きな赤い日傘の下の髭の人物は、カピタン・モールである。カピタン・モールは、ポルトガル政府任命の対日定期貿易船の船長であるのみならず、対日通商・外交の全権大使の如き地位を兼ねていたから、それにふさわしい立派な服装をしている。すなわち、緑の上衣に、金糸で模様をあらわした茶の胴衣を着け、その上に、赤い裏地の青いカッパ(capa)をまとっている。くびには黄色のラフ(ひだえり)を巻く。下半身には、金糸で模様をあらわした赤い中ぶくれのズボン(カルソン)をはく。靴下は緑である。左手に、縁のついた内赤の帽子を持ち、腰に金柄の剣を帯する。一国の金権大使たるにふさわしい、豪奢な、きらびやかないでたちである。

カピタン・モールの後には、従者の一行が続く。その中の黒人奴隷は、みな、荷揚げされたばかりの荷物を背負っている。孔雀の入った檻をかつぐ者や、馬を引く者もある。

左隻では、入港したばかりの四本マストの南蛮船が碇泊しており、小舟を用いての荷揚げ作業が未だ続いている。

右隻の右側から上方にかけては、イエズス会の教会風景をあらわす。図七四に掲げた部分には、頂に十字架の飾りある二重の屋根をもち周りに赤い欄干をめぐらした堂が見え、その中でイエズス会の制服を着たパーデレ(宣教師)が日本人の同宿(修道士)と教理問答書を読んでいる。その右方からやってくる別の同宿が、茶を、朱の天目台で捧げ持っている。

そもそもイエズス会は、日本への伝道に当っては、日本の風土・文化への積極的順応方針を打ち出していた。その順応方針の中には、当時ようやく日本人の生活の中に深く浸透しつつあった茶湯への配慮も含まれていた。かのフランシスコ・ザビエルの精神を受け継ぎ、日本での組織的布教のリーダーシップをとったアレッサンドロ・ヴァリニァノの『日本の習俗と気質に関する注意と助言』にいう、

 それからすべてのカザCasaには、清潔で、しかもよく整頓された茶の湯(湯を飲む場所)を設け、またカザにいつも住んでいて、しかも茶の湯についてなにがしかの心得のある同宿または他のだれかを置かなくてはならない。《四五》
 どのカザにおいても、よそから来る人のために、少なくとも階下に周囲に縁側のある二室一組の座敷をもたなければならず、そのうちの一室は茶の湯のための室にあてられることになろうということである。《一五四》(矢沢利彦、筒井砂共訳『日本イエズス会士礼法指針』による)

重要文化財 南蛮屏風 右隻
南蛮文化館所蔵
重要文化財 南蛮屏風 左隻

この記述に即してもういちど絵を見てみると、教理問答の行われている部屋が、「周囲に縁側のある二室一組の座敷」に該当し、茶を運ぶ僧が「茶の湯についてなにがしかの心得のある同宿」であると考えることもできよう。

この建物の右の一室では告解がなされており、そのまた右では、四人の男女が祭壇前で礼拝している。

教会の前には町屋が軒をつらね、のれんのかげや窓から、南蛮人一行を見物している男女の姿も見える。

カピタン・モールと向い合っているのは、カピタン・モールを出迎えるため教会から出て来た人々である。その中の一人、長身のイエズス会士が眼鏡をかけている。これも当時の日本人には珍しかったであろう。

初期南蛮屛風は、狩野光信、狩野内膳、狩野山楽など、狩野派の画家によって描かれたとみられるものが大部分であるが、これとは別に、イエズス会神学校で画法を学んだ画家の手になるとみられる南蛮画がある。それは、輸入の西洋画を手本としたらしい西洋風俗画(重要文化財 洋人奏楽図屏風 右隻 部分)、西洋人物画(重要文化財 泰西王候騎馬図屏風 第一・二扇)、歴史画(重要文化財 レパント戦闘図屏風 部分)、絵地図などで、これまた桃山人の求新の心に大いにアッピールしたと思われるが、これらについて述べることは、今は割愛しておこう。

朗読者

柴川菜月

舞踊家・むすめかぶき/花習会。市川櫻香に師事/能と歌舞伎に依る新作「新たいさんぷくん」、「景清」、NHK「父の花、咲く春」テレビドラマ出演。京都芸術大学通信教育部卒。本書の掲載作品の目録を作成、本の編纂にあたる。  ―朗読にあたり、伊勢物語の女の言葉に、男が答え、自分も消えてしまえばよかった。この言葉の意味を、著者倉澤先生にお聞きして、朗読に臨みました。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録