第六章

懐古と求新

19.異国的なるものへの憧憬

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朗読者:柴川菜月

19.異国的なるものへの憧憬

いずれの時、いずれの所においても、人の心は新しく珍しきものを見たいと思い、手に入れたいと願う。これを「求新」という。だが人には、おのれ自身の、また民族の、さらには人類の過ぎ去りし日々に想いを馳せ、その日々をなつかしみ、いとおしむ心もある。これを「懐古」という。では、桃山時代において、「懐古」と「求新」の心はいかなる姿を取って現れたか。それを美術において一瞥することにする。

「求新」という時、求められる新しさにはさまざまある。美術で言えば、技法の新しさ、趣向の新しさ、様式の新しさ等々がある。しかしここでは、異国的なるものを求めるという意味での「求新」を、桃山美術について見てみたい。

桃山時代に海外から輸入される品物は、それまでのどの時代よりも多かった。それらの大部分は、前代までと同じく中国または朝鮮から輸入された。これが「唐物」と呼ばれたことは前に述べた(5節)。

珠光筆 心の文(第13章図187)

日本列島に住む人々は、久しい間、中国や朝鮮から盛に文物を輸入し、これを同化してきた。珠光の『心の文』に、「此道の一大事は、和漢のさかいをまぎらかす事、肝要〳〵ようじんあるべき事也」という。この文章には二つの解釈が考えられる。一つは、和物と唐物との区別を無くしてしまうことが大切だ、という解釈であり、いま一つは、和物と唐物の区別がぼけてしまわぬように気をつけねばならぬ、という解釈である。いずれの解釈をとるにせよ、この文章は、この国の人々が、意図的に、または無意図的に、唐物を和物に同化させつつあった事実を反映していると考えることができる。珠光は室町時代の人であるが、そのような唐物と和物の融和は、鎌倉時代にも、平安時代にも、奈良時代にも、それ以前の時代にも行われていた。それ故、唐物は、異国のものであり珍しき新しきものではあっても、ある意味では既に日本人に馴染あるものであった。新たに輸入せられた未知の唐物でも、その多くは、既に輸入せられている既知のものと関連させて理解することができた。いわば、既に出来上っている知識の整理棚のどこかに、はめこんでゆくことができたのである。

ところが室町時代の終頃から、いわゆる「南蛮船」によって舶載せられるようになった「南蛮物」には、唐物の範疇では量り難いもの、既存の知識の整理棚にたやすくはめ難いものが沢山含まれていた。つまり、それらの「南蛮物」は、大部分の日本人にとって、本当の意味で新しく珍しきものであったのである。それ故、求新の心が、南蛮物によって最も強くそそられたのは当然のことであった。

南蛮渡来の品物と並んで、南蛮船に乗って来た「南蛮人」もまた求新の心を強く揺さぶった。これまでに盛に渡来してきた中国や朝鮮の人々は、日本人と言葉こそ違え、容貌はさして変らなかった。しかるに新来の南蛮人は、皮膚の色、目の色、髪の色、目鼻立から服飾、生活習慣に至るまで、日本人とはひどく違っていた。先に(5節)引いた『切支丹物語』の一文にも示されるごとく、はじめて南蛮人を見た人の驚きは一通りではなかった。ポルトガル人やスペイン人に随伴して来た黒人も、好奇の的であった。

南蛮船で渡来した人や物への求新の心は、おのずからいろいろな方面に南蛮趣味の流行をもたらした。当代の覇者である織田信長と豊臣秀吉が南蛮物を愛好したことが、これに拍車をかけた。秀吉が朝鮮出兵の本拠地とした名護屋が、南蛮船の寄航地長崎に近かったことも、南蛮趣味を支配階級に急速に拡める一因となった。南蛮人の食生活に刺激されて、牛肉や鶏卵が食用に供された。ワインも飲まれたであろう。南蛮物の、もしくは南蛮風に日本で意匠した衣服や装身具(重要文化財 歌舞伎図巻下巻 茶屋遊び 部分 十字架のペンダントを着けた歌舞伎役者)は、その頃のトップモードであった。大坂城内には、南蛮物の立派な寝台まであった(5節)。

朗読者

柴川菜月

舞踊家・むすめかぶき/花習会。市川櫻香に師事/能と歌舞伎に依る新作「新たいさんぷくん」、「景清」、NHK「父の花、咲く春」テレビドラマ出演。京都芸術大学通信教育部卒。本書の掲載作品の目録を作成、本の編纂にあたる。  ―朗読にあたり、伊勢物語の女の言葉に、男が答え、自分も消えてしまえばよかった。この言葉の意味を、著者倉澤先生にお聞きして、朗読に臨みました。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録