第十章

金碧と水墨

32.金碧画の平板と水墨画の奥行

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朗読者:市川阿朱花

32.金碧画の平板と水墨画の奥行

桃山時代は、金碧画の盛行した時代であった。ここで金碧画とは、金箔、金泥、金砂などの地に濃い色彩をもって描いた、金地濃彩の絵をいう。金碧画は、前代にも無くはなかったが、桃山時代に至り、豪華絢爛たるものを求める時代の風潮に迎えられて、特に隆盛を極めたのであった。

桃山時代には、華麗な金碧画の盛行と並行して、墨一色をもって描く水墨画も、前代に引続いて盛に制作された。

国宝 長谷川等伯筆 楓図 智積院障壁画の内
智積院所蔵
国宝 長谷川等伯筆 松林図屏風 右隻
東京国立博物館所 出典:ColBase
左隻 出典:ColBase

ここでは、桃山時代を代表する画人の一人、長谷川等伯描くところの金碧画と水墨画とを取りあげてみた。上図は、京都智積院蔵「楓図」であり、下図は、東京国立博物館蔵「松林図」である。画題については、特に説明を要しないであろう。

一般に、金碧画、また、金碧画でなくても濃い色彩を用いた絵は、水墨画に比して、平板で奥行の浅い感じのすることが多い。ただし、ここで平板とか奥行が浅いとかいうのは、画面構成上の遠近法のことをいうのではない。精神的奥行が浅いということである。

「松林図」を凝視してみよう。われわれは、おのずと寂かなる心境となり、画面の奥の精神的深処へといざなわれるような心持となる。等伯が影響を受けた牧渓や梁楷の絵、等伯がその後継者をもって自ら任じた雪舟の絵においても、同じことが言える。ここでは、牧渓については「漁村夕照図」(国宝 牧渓筆 漁村夕照図)などを、梁楷については「雪景山水図」(国宝 梁楷筆 雪景山水図)などを、雪舟については自賛ならびに月翁周鏡等の賛ある「山水図」(国宝 雪舟等楊筆 破墨山水図)などを思い浮かべていただくとよいであろう。

御物 狩野永徳筆 唐獅子図屏風 右隻 部分(第4章43)
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵

これに対して、金碧画・濃彩画の場合にはどうか。例えば、図に掲げた永徳の「唐獅子図」を想起してみよう。人はこれを一見して、画面にみなぎる豪壮な迫力に圧倒され、やや大袈裟に言えば、その前に慴伏せざるを得ぬような感に打たれる。しかしそれだけであって、牧渓・梁楷・雪舟の絵の場合のように、画面の背後の深処へと参入しようという心持にさそわれることはない。そういう意味では、「唐獅子」は、平板な、浅い絵である。今一つの例として、奈良・大和文華館の「松浦屛風」(国宝 婦女遊楽図屏風(松浦屏風))を考えてみよう。遊女とおぼしき十数人の女性を六曲一双の金碧屛風に描いたこの風俗画を前にして、われわれは、美しい遊女たちのさまざまな姿態を心ゆくまで堪能し、とりわけ、彼女らの華やかな衣裳を飽かず歎賞することができる。だが、精神的奥行といったものは、この絵には、全くと言ってもいいほど感じられない。

このように、一般的傾向として、水墨画が精神的深みを感じさせるのと較べて、金碧画・濃彩画が、浅い、平板なものに思われるのは何故であるのか。

少し飛躍するが、思うに、東洋画の画人には、絵を描くことを通して実在の深処に参入せんとし、また、実在の深処において実在の深処と一体となって絵を描かんとする志向が、根強くあった。鑑賞者の側から言えば、絵を鑑賞することを通して実在の深処に参入せんとし、また、実在の深処の発現である絵を貴ぶのである。そういう傾向は、中国においては宋・元時代に、日本においては室町時代に、殊に強かったと思われる。そして、画家や鑑賞者にそういう志向をもたせたについて、最も大きな影響を及ぼしたのは、たぶん仏教なかんずく禅であったであろう。

右に漠然と実在の深処と呼んだところは、俳人芭蕉が、「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり」と述べた時の、「其貫道する物」に当る、と言えば、ややはっきりするであろうか。芭蕉は、「其貫道する物」を「風雅のまこと」ともいっている。もっと端的に、思い切って言えば、右にいう実在の深処は、結局、禅でいう「無」に当るであろう。

絵を描くことを通して実在の深処・無に参入せんとし、もしくは実在の深処・無の発現である絵を描かんとする志向は、おのずとその絵に奥行・深みを具えさせることとなる。このような絵を見る時、画面の奥に実在の深処・無を、眼力ある鑑賞者は歴然と、眼力なき鑑賞者も漠然と、観ずる。これが、その絵の精神的奥行・深みと感じられるのである。

濃彩画と水墨画とを比較すると、このような精神的奥行・深みをもつ絵は、水墨画の方に圧倒的に多い。それは何故であろうか。

華麗なる色彩画は、多くの場合、画人や鑑賞者の知性よりも感性に強く作用する。そして感性への強い刺戟は、概して人を現実への受動的態度へと導き、現実に滞留させやすく、現実を超えて実在の深処へ参入するというような、知的・能動的志向を起こさせにくい。そこで画人は、作画を通しての実在の深処への参入を志す場合には、たいてい色彩を捨て、水墨画を描くこととなる。それは恰も、仏法を求める人が、落飾して世縁との訣別を形に示すことと似ている。精神的深み・奥行をもった絵が、色彩画より水墨画に多いのは、このような事情によると考えられるのである。

朗読者

市川阿朱花

舞踊家・むすめかぶき/花習会。12代市川宗家より市川姓授与/市川櫻香に師事。能と歌舞伎による「勧進帳」「舟弁慶」など。 本書の年表の作成に携わりました。芸術書に歴史年表を加えることで、その芸術が「時」と「社会」に大きく関わることに気づきました。更に、等伯の絵を見ながら朗読していくうちに、戦国の武将達の身体感が等伯の絵と共に感じられました。これは年表の作成効果に思いました。武将たちとの距離を縮めた気がします。

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録