第十二章

遠心と求心

39.桃山時代の遠心と求心

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朗読者:市川新蔵

39.桃山時代の遠心と求心

十六世紀は、世界的に、人々が、遙かなる海の彼方へと飛躍的に視野を拡げていった時代であった。人々は、様々な思わくをもって、冒険とロマンに満ちた、壮大な旅路へと、競って船出して行った。「大航海時代」といわれる所以である。そういう、時代の大きな潮は、やがて、極東の国、日本にもひたひたと押し寄せてきた。それ迄の日本人の知らなかった碧眼の西洋人が、都をはじめ西日本の各地に姿を見せ始めた。南蛮船による珍しい文物の輸入も盛で、衣食住のどの面でも南蛮趣味が流行した。こうして、この国の人々も、海の彼方の見知らぬ国々への興味を、急速に強めていったのである。

ふつう中世と呼ばれる鎌倉・室町時代は、人々の心が、どちらかと言えば、外より内へ向かった時代であった。古代から中世への転換期に生きた藤原定家の「世上乱逆追討 雖レ 満レ 耳 不レ 注レ 之 、紅旗征戎非二吾事一」(『明月記』)という有名な言葉は、中世という時代の幕開けを告げるのに、いかにもふさわしいものであった。

そういう、内へ内へと沈潜しようとする動きを「求心」と呼ぶとすると、桃山時代は、外へ外へと拡大しようとする「遠心」の動きが、俄に昂まってきた時代であった。

桃山の時代精神の権化ともいえる豊臣秀吉においても、もちろん「遠心」の志向は著しかった。彼は、天正五年、信長の命で毛利攻めに発向するに先立ち、信長に次の如く言上したという。

中国が手に入ったら、日本国内には、殿に敵対する者はなくなります(中略)。私はそれから九州を切り従えて、忽ち平定させましょう。そうしたら、一年間の御猶豫を下さい。その間に私は軍勢を再編成し、兵糧を蓄え、大船を作って、朝鮮に入りましょう。その時、私の功を賞して下さるというのでしたら、朝鮮を私に下さる旨の御教書を一通下さい。朝鮮を攻め従えた後に、大明国へ働きかけましょう。大明国の征伐が成功したら、殿の多勢の御子たちの一人を大将として海を渡っていただくようにして下さい。そうすれば、日本・朝鮮・明の三国が御手に入ることになります。(『朝鮮征伐記』)

秀吉のこういう夢は、自らの手で国内統一を完成して朝鮮に出兵し京城をも陥れるに及んで、漸次具体的な姿をとってきた。それは、朝鮮のみならず震旦(中国)から天竺(印度)をも征服し、北京に天皇の行幸を仰いでここを都と定める、日本の帝位はこれを皇太子または皇弟に譲位していただく、震旦の関白には秀次を、日本の関白には羽柴秀保または宇喜多秀家を、任命するという、とてつもない内容のものであった(天正二十年五月十八日付、秀次宛朱印状)。天正二十年五月六日、秀吉から北政所に送った消息には、五月の節句の祝儀を贈られた礼に添えて、九月の節句の祝は唐国で受取るべき旨を報じており、当時の軒昂たる秀吉の意気をうかがわせる。また、今日に残る、ポルトガル国インド副王ドン・ドワルテから秀吉に送られた一五八八年四月付信書(国宝 ポルトガル国インド副王信書 豊臣秀吉あて)、秀吉が高山国(台湾)に与えんとした文禄二年十一月五日付信書などによってわれわれは、秀吉が実際に天竺、南方方面の諸国と公的な接触をし、或はこれに朝貢を要求していた事実を知るのである。朝鮮・震旦から天竺・南蛮に至るまでおのれの版図に収めようという、秀吉のこの壮大な夢は、よかれあしかれ、桃山時代における日本人の、鬱勃たる「遠心」の精神を如実に示すものであった。

桃山時代には、このような遠心的精神の急激な昂まりの反面、中世的求心の精神も根強く残っていた。つまり遠心と求心という反対方向を志向する二つの精神が並存していたのである。

そのことを、藝術について見てみよう。これまでに取上げた中から例を拾えば、藝能においては、風流踊りは遠心的、能楽は求心的である(第八章)。絵画においては、南蛮屛風(第六章)や唐獅子図(第四章)は遠心的、等伯の楓図や松林図(第十章)は求心的である。工藝においては、長次郎大黒茶碗は求心的、織部三角窓茶碗は遠心的である(第五章)。

ここでは、建築における遠心の一例として東山大仏殿を、求心の一例として山崎妙喜庵の待庵を取上げてみる。

朗読者

市川新蔵

歌舞伎俳優/六代目・1956年生まれ/12代目市川團十郎の門人、一番弟子。重要無形文化財総合認定。堅実な芸風で『義経千本櫻』の四天王の武士、『夏祭浪花鑑』の義平次などの敵役、『源平布引滝』の九郎助などの老けが持ち役。国立劇場特別賞、日本俳優協会賞等受賞。-茶人の目線でお読みいただいた。本当に堅実な方である。朗読からもよくわかる。歌舞伎役者も、能楽師と同様、伝統を伝承する仕事です。そして、その上で利休のような思いがあるものだと、朗読を聞いて観じます。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録