第十二章

遠心と求心

41.東山大仏殿

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朗読者:市川新蔵

41.東山大仏殿

図に掲げたのは、東京国立博物館に蔵せられる洛中洛外図屛風(舟木屛風)から、大仏殿の部分をぬき出したものである。六曲一双のこの屛風(は、豊国社と大仏殿を右隻の右に、内裏と二条城を左隻の左に配し、その間に洛中洛外の名所や風俗をダイナミックに描き出したものである。

大仏殿の右上方には豊国社の壮麗な社殿が見え(向って右から第一扇上方)、左上方には清水寺が見える(第三扇上方)。清水の左は八坂神社である(第四扇上方)。その下方に見える大きな橋は五条大橋、したがってその下を流れる川は鴨川である。四条河原には歌舞伎小屋も見える(第六扇上方)。左隻に目を転じると祇園会の風景(第二扇上方)、六角堂(第三扇上方)などが見える。精しく観察してゆくと興が尽きないが、ここでは残念ながらそのいとまがない。

もう一度下図(国宝 岩佐又兵衛筆 洛中洛外図屏風(舟木屏風)右隻 一・二扇 大仏殿)に戻ろう。大仏殿の下方には、あの鐘銘事件で有名な鐘楼が見える。その右下の細長い建物は三十三間堂である。大仏殿右方、豊国社との間に当って、「とよくにしやうふたい」(豊国常舞台)があって、今しも「松風」が演じられ、観客は二階建の客席をひしめいている。これはたぶん、豊国社例祭能の様を描いたものであろう(25節参照)。

大仏殿の建築は天正十六年春に起工、同十九年五月六日に立柱、文禄二年九月に上棟された。大仏ならびに仏殿の用材は、信州木曽、紀州熊野、四国土佐、さらには遠く九州にまで求められた。また棟木は、富士山に適当な木のあるのを見出し、その伐り出しを徳川家康に命じた。この木一本で五万人、黄金千両を要したという。四方の石垣は、初めは小さな石で作ったけれども、盗み取られる恐れありというので、更めて巨石を用いて築き直した。また建築用鉄類の調達のため、天正十六年七月八日、刀狩の令を下して、諸国の百姓から刀、脇指、槍、鉄砲その他武具類を供出させた。仏像が巨大で移動不可能だったので、まず仏像を、安置の場所に造り、次いでその周囲に仏殿が建てられた。といっても勿論、仏像の彩色仕上げまでを先にすましてから仏殿にとりかかる、というのではなくて、仏像の木部が出来上った段階で仏殿にも着手し、あとは造像と建築とを並行して進める、というやり方だったのだろう。重い用材を高所に持上げるため、敷地の東に隣接して築山をきずき、その上に轆轤が据えつけられた。これによって千人でも動かせぬほどの虹梁などを、百人ばかりで車をまわして引上げたという。

大仏も仏殿も、文禄五年夏頃までには、ほぼ出来上ったらしい。本尊の高さは十六丈、仏殿の高さは二十丈であったという。大仏の高さ十六丈は、現在の東大寺大仏のおよそ三倍にあたるわけで、規模の大きさがしのばれる。

なお大仏は、文禄五年閏七月の大地震で崩れ、大仏殿も慶長七年に炎上してしまった。この屛風の大仏殿は、その後、秀頼によって再建された大仏殿の様を写したものと思われる。

朗読者

市川新蔵

歌舞伎俳優/六代目・1956年生まれ/12代目市川團十郎の門人、一番弟子。重要無形文化財総合認定。堅実な芸風で『義経千本櫻』の四天王の武士、『夏祭浪花鑑』の義平次などの敵役、『源平布引滝』の九郎助などの老けが持ち役。国立劇場特別賞、日本俳優協会賞等受賞。-茶人の目線でお読みいただいた。本当に堅実な方である。朗読からもよくわかる。歌舞伎役者も、能楽師と同様、伝統を伝承する仕事です。そして、その上で利休のような思いがあるものだと、朗読を聞いて観じます。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録