第五章

閑寂と変化

18.織部焼

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朗読者:寺田鉄平

18.織部焼

いわゆる織部焼なるものは、「嶋筋黒」に具現された如き利休の好みを展開し、また発展させたものと見ることができる。

織部焼に古田織部その人がどのように関与したかは判然とせぬが、彼の好みが直接的に、または間接的に、織部焼の上に大きな影響を及ぼしたことは否定できぬ。そして、その古田織部は、師の利休が持っていた閑寂への志向、変化への志向のうち、特に後者の志向を強く継承し発展させたのであった。前に紹介した(10節)利休点前と織部点前についての挿話からも、そのことはうかがえる。古田織部が、閑寂への志向よりも変化への志向を強く受けつぎ発展させたのは、彼の人となりにもよるが、また桃山という時代の風潮が大きく影響していることもたしかであろう。

右に引いた『南方録』の、「嶋筋黒」のことを述べた文中に「コレヨリ大フリノハ、古田織部ニ被遣シ也」とあるのは、織部好み、ひいて織部焼と、利休好みとのむすびつきを考える上で甚だ示唆的である。これに関して、

焼茶碗、今日相尋申候間、紹二ニ渡、進之候、拙子ノ心さし斗ニ候、一笑々々、かしく(桑田忠親『定本千利休の書簡』二百九)

という、利休の古田織部宛十六日(天正十四年以後と推定)付消息(図六九)も想起される。この消息にいう「焼茶碗」が、『南方録』の「コレヨリ大フリノ」と同じものをさすかどうかは勿論わからぬけれども、「嶋筋黒」の如き、変化への志向の強い陶器を、古田織部が利休から譲られたことが、織部焼の生まれる一つのきっかけになったというのは、大いにあり得ることである。この点、「嶋筋黒」とよく似た趣の黒織部茶碗「松風」(図70)は、利休好みの、織部焼への展開を考える上で、特に注目されよう。なお、「嶋筋黒」は、常識的には瀬戸黒ないし黒織部に属すると見られるが、長次郎作との見方もあること、ならびに、『南方録』の「天正元年出来」の記事には疑問のあることを附記しておく。

織部焼は、大きく見れば、桃山という時代の精神の最も典型的な具現であるのはいうまでもない。しかもそこには、古田織部を媒として利休につながる線が、赤い糸の如く貫いているのも見落すことができない。ここに掲げた「三角窓」は、織部焼の一つの頂点を示すとみられる作品であるが、これは、右のような意味で、利休好みの展開として捉えてもよいであろう。

変化への志向が更に大きくなると、例えば、いわゆる鳴海織部に属する「松皮菱型手鉢」(重要文化財 織部 松皮菱型手鉢)の如きものが生まれてくる。これはこれで、まことにすぐれた造形であるが、ここまでくると、利休好みの展開と言うのは無理である。それは、織部好みとは言えても、利休好みという枠からは、よかれあしかれ、はみ出している。何故なら、そこには利休好みの基底である「閑寂」が缺けているからである。

「三角窓」は、変化を求める心の強く現れた茶碗であるが、その変化は、いわば「閑寂」の中での「変化」であった。これに対して「松皮菱型手鉢」には、「閑寂」からの「変化」がある。「閑寂」ということから言えば、「変化」にはこの二種の変化があり、ひいて、変化の妙の造形である織部焼にも、二種があると言えるのである。

朗読者

寺田鉄平

陶芸家/1975年生まれ、日本有数の窯業地・瀬戸で140年余り続く織部焼窯元美山陶房の5代目として生れる。東京造形大学彫刻科卒業。 ―織部の師、利休の遺した言葉と作品が織部にどのように影響したかを読み解くような朗読です。他の方よりも、さらさらと読まれ、やはり実体感覚のある朗読です。真実味と併せて寺田さんの透明感も感じられました。(櫻)

第1部

桃山の美とこころ
はしがき
はしがき
第一章
公家と武家
1.秀吉の松丸殿あて消息
2.格外の書と破格の書
3.三藐院の団欒の歌
4.秀吉と三藐院
第二章
南蛮物と和物
5.唐物と南蛮物
6.南蛮服飾
7.片身替詩歌文様の能装束
8.和物の伝統の継承発展
第三章
花と雪間の草
9.金碧障壁画
10.「冷え」の美
11.雪間の草の春
第四章
豪壮と優婉
12.唐獅子図屛風
13.唐獅子とは
14.花下遊楽図屛風
第五章
閑寂と変化
15.長次郎の「大黒」と織部の「三角窓」
16.早船茶碗の文
17.利休における閑寂と変化
18.織部焼
第六章
懐古と求新
19.異国的なるものへの憧憬
20.南蛮画
21.伊勢物語絵、源氏物語絵
第七章
キリシタンと禅
22.キリスト教と禅
23.キリシタン美術
24.禅の美術
第八章
天下人と民衆
(沈静と躍動)
25.天下人の能と民衆の風流踊
26.豊国社臨時祭と祭礼図屛風
27.沈静の美、躍動の美
第九章
御殿と草庵
28.宇治橋三の間の名水から竹生島へ
29.都久夫須麻神社本殿
30.高台寺の時雨亭と傘亭
31.高台寺茶亭、都久夫須麻神社本殿と伏見城
第十章
金碧と水墨
32.金碧画の平板と水墨画の奥行
33.現実超越の水墨画と現実肯定の金碧画
34.画道における楓図、松林図の位置
35.楓図と松浦屛風ならびに花下遊楽図との比
第十一章
花紅葉と
冷え枯るる
36.高雄観楓図と鬼桶水指
37.なまめかしき「浦のとまや」―冷えたる風体
38.冷え枯るる風体
第十二章
遠心と求心
39.桃山時代の遠心と求心
40.妙喜庵 待庵
41.東山大仏殿
42.秀吉の遠心と利休の遠心
第十三章
秀吉のわびと
利休のわび
北野大茶湯をめぐって
43.壮大・豪奢への志向とわびへの志向
44.秀吉と利休のわびへの志向
45.冷えわびとなまわび
第2部
倉澤先生に聞く
織部に「閑寂」を忍ばせる
信長のこと
家康と桃山のこと
あとがき
年表
第一部図版目録